教育方針

1.「自由で開かれている風土」を目指します

私は学部時代は精神医学やメンタルヘルスなどがご専門の飯田紀彦先生の、大学院時代はPCE( Person-Centred and Experiential)心理療法などがご専門の中田行重先生の研究室に所属していました。お二人はまったく異なるご専門ですが、その「自由で開かれている」雰囲気はとてもよく似ていました。

研究は「好きなことを好きなように、何をやってもいい」というのがお二人に共通したご方針でした。何をやっても自由だし、どこに学びに行っても許されました。「こういうことをしますけどいいですか?」と予め確認したところ「なんでそんなこと聞くの?」と逆に訊かれたのをよく覚えています。

私自身、本当に好きなことを好きなようにやっていたように思います。学部の卒業論文は認知行動療法と内観療法を比較した文献研究でした。大学院の修士論文は地域でフリースペースを開設するまでに実施したフィールドワークについてのものでした。その他、ピア・サポートやグループ・アプローチに関する実践的研究、数量的研究など、さまざまな研究を行ってきました。

このように、自分の興味のままにあっちへふらふら、こっちへふらふらと研究をしてきましたから、よく悩みました。いったい自分は何に興味があるんだろう? 自分が今後の人生で大切にしていきたいことは何なのだろう? それをずっと悩み続けた大学院生活だったように思います。悩みに悩んだ挙句、博士論文はこれまでの研究を統合し、コミュニティ・アプローチの視点から書きました。そしていまのところ、この視点が自分にとって「大切にしていきたいもの」になっています。

この悩み苦しんだ体験は、いま思い返せば本当に貴重だったように思います。「自分が大切にしていきたいもの」は、その人の内側からしか出てきません。誰にもわからないし、誰も教えてくれないのです。でも、「自分の内側から出てきた大切にしていきたいもの」は間違いなく本物で、それに関わっていけるだけのエネルギーが出ます。このテーマなら、いまの私はいくらでも挑戦し続けられるように感じています。

そしてまた、そのようなあっちへふらふら、こっちへふらふらの私を認めてくれる研究室に所属できたことは、私にとって本当に幸せだったように思います。私の研究室もそんな、自由で開かれた、学生が自分の関心のおもむくまま自分自身で動き出すことのできるような雰囲気を目指したいと願っています。

2. 研究を大切にしてください

本学の大学院は臨床心理士養成の第1種指定校であり、必要な単位を取得すれば臨床心理士資格試験の受験資格を得ることができます。同時に、大学院ですから修了するためにも研究をし、修士論文を書いて審査に合格しなければなりません。臨床心理学は実践の学ですから、「研究なんかしたくない」、「臨床さえできればそれでよい」という考え方ももちろんありうるでしょう。しかし私はそれでも、研究を大切にしてほしいと考えています。なぜでしょうか。私自身の考えを述べたいと思います。

臨床心理学は科学です。科学であるということは、言葉にして説明できるということです。あなたのカウンセリングや心理療法は、どのような理論的背景に支えられたものなのでしょうか。あなたはどのような援助観・人間観のもと、どのような支援を行いたいのでしょうか。あなたの支援によって、クライアントにどのようになってほしいのでしょうか。

そもそも「誰かの心の支えになる」仕事ができるのは、臨床心理士だけではないのです。街角の占い師だって、飲み屋の店員だって、お客さんのお話を聴きます。友達にじっくりと話を聴いてもらうことだってあるでしょう。それで救われている人はたくさんいるのです。

では、私たち臨床心理学を学ぶ者の独自性はいったいどこにあるのでしょうか。それは「自らの臨床実践を言葉にして説明できるかどうか」なのです。我々がクライアントからお金をいただく専門職である以上、「なんだかよくわからないけど役に立った」ではすまされないのです。そして「言葉にして説明する」ためには“背骨”となる理論が必要です。“背骨”に支えられながら「言葉」を紡ぎ出すために、さまざまな研究法があるのです。

修士論文を書くための研究は、あなた自身の“背骨”をつくり、それに支えられながら「言葉」を紡ぎ出すためのよい訓練となります。研究が臨床を鍛え、臨床が研究を鍛えるのです。そして、研究のための環境が整っており、研究に最も時間を割くことができるのが大学院なのです。

よりよい研究のためにも、積極的に学会に参加しましょう。学会はあなたの興味や関心を刺激してくれます。あなた自身が何に興味があって、何に興味がないのかは、誰も教えてくれません。あなた自身にしかわからないのです。学会への参加はそれを知る、よい機会となるはずです。そして積極的に発表しましょう。学会発表は、自分の興味や関心について、自分の大学院だけでは得られない視点を得る、またとないチャンスなのです。

ロジャーズ(1961)は「事実は味方である(The facts are friendly.)」と言っています。研究が明らかにする事実は、あなたの臨床をよりよいものにしてくれる味方なのです。

大学院進学を目指しているみなさんへ

  1. 私の考えでは、大学院は研究するところであり、資格を取得するためだけのところではありません。大学院は、各自が研究をして、それが修士号を与えられるに足りうる研究として認められるか否かが問われる場です。教員に「臨床心理士としてのスキルを身につけさせてもらう」ための場ではありません。
  2. 私からは講義等を通して臨床心理学の知見や体験を提供しますが、それは院生が自分自身ならではの考え方(臨床観を含む)を深めたり、研究したりするためのきっかけに過ぎません。自ら考え、自ら動かなければ何も得られないのが大学院だと思ってください。
  3. 大学院入試に向けてどのような勉強をすればよいかよく質問を受けますのでここでお答えします。大学院生には「自ら考え、自ら動く姿勢」が必要だと私は考えますから、「自ら考え、自ら動く」ために必要とされる知識は最低限身につけておいてください。具体的には次の2点を求めます。
    • 学部生向けの臨床心理学の教科書に書かれている程度のことは覚えておいてください。そして、「大学院で自分が研究したいこと」がどのようなものなのかを、専門用語で説明できるようになっておいてください。
    • 最新の知見を得る上で、英語の能力は必須です。少なくとも「英語を読んでも怖くない」程度にはなっておいてください。なるべく多くの英語で書かれた心理学論文や専門書に目を通しておいてください。要は慣れるためですので、難しいものを読む必要はありません。
  4. 多くの立場のカウンセリングや心理療法では「クライアントの語りに耳を傾けること」が何よりも求められます。その際、「自分の理解は間違っているかもしれない」、「自分の考えは他人とは違うかもしれない」という姿勢を持つのは大切なことです。うまく聴けるかどうかはともかくとして、独断的にならず、「自分のこの理解は本当に正しいだろうか」、「もっとこの人のことを理解するためにはどうしたらいいだろうか」と疑問を保てるような、人に対する謙虚な姿勢を、大学院生に求めます。

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